「チベットの先生」1
大変面白かったので、少しだけ紹介する。
このチベットの先生とは、中沢さんの師である、
ケツン・サンポ先生である。
この本の主な部分はケツン先生の書かれた、
ご自分の子供の頃からの修行生活の回顧録である。
それに中沢さんが少しだけ、
自身との関係を書き足したものである。
ケツン先生は11歳で仏教の道に入る。
チベットでは、多くの子どもたちがお坊さんになるが、
その修行は厳しい。
師から教えを受ける時に、その前行として、
たった一人山の洞窟での修行に入る。
五体投地という身を投げ出す祈りがあるが、
これを1日数千回、一ヶ月かけて10万回まで繰り返す。
こういう数字に科学的根拠があるかと言えば、
そんなものはないだろう。
しかし、これを続けていくうちに、
数日もすればずんずん軽く感じられるようになり、
やがて頭の中に晴れ晴れと青空が広がるような、
清々しい気持ちになるのだそうだ。
小学生の年齢の子どもである。
山の中の夜は最初は本当に怖かったようだ。
チベット仏教の目指すものは、
自分の心から、現世的な利益を求める心、
妬みや羨む心などの、
いわゆる煩悩を少しづつ取り払い、
自己愛からの脱却に至ることである。
そして全ての生き物の幸せのために、
役に立ちたいと考えること、菩薩心を得ること。
そういう境地に至った、
お坊さまや行者が何人も出てくるが、
そういう人は皆穏やかで優しくニコニコして、
そばにいるだけで幸せな気持ちにさせられるらしい。
そもそもそういう事を一生かけて目指そうと考える人が、
この世にこんなに沢山いるという事、
そしてそういう人が、
多くの人々の尊敬を集めているという事が
今の日本にいてはとても考えられない…
精神生活の気高さが眩しく、目がしょぼしょぼする。
青い広い空の下で真っ白く輝く雪山、
見たことないけど、チベットの雄大な風景のような…
中沢さんの感想にもあるが、
学ぶという事は何も本や講義で勉強する事ではない。
本物の先生は言葉すら必要なく、
その仕草やちょっとした表情などで、
我々を、凡人であっても、
大きな影響を与えるものであると。
中沢新一について嫌いな人も多いかもしれないが、
私は昔から案外気に入っていた。
こういう先生たちの元で、
修行した時代があったのかと、今更ながら知った。
中沢さん自身はリンボチェにはならなかったけど、
こんな素晴らしい先生の教えを受けたのだなぁと。
やはり弟子になるにはそれなりに資格がいるから。
感覚的なものにせよ。
そこにちょっと感動した。