ロマ
ユーゴスラビアで、
ロマの隠れ里を訪れた時の話は、
古めかしくも濃厚で、
なんとも言えない魅力がある。
短い章だが、一編の短編小説のようで、
深い充実感を残す。
彼らは音楽に造詣が深く、あちこちで、
土地の音楽を聞かせてもらったり、
録音したりしている。
「現在ユーゴスラビアの地方には10万人ほどのロマがいる。ロマの多くは戦争中に生命を失い、ドイツ軍に虐殺され、収容所へおくられた。」
生き残った者は郊外の貧困地区へうつり、
都市の住民になったが、
わずかではあるが、ロマの隠れ村はある。
突然現れ、また消えながら、ある。
そんな村をついに探し当てた。
こやの中から賑やかな音楽が聞こえている。
彼らの突然の登場でピタリと止まったが、
警戒がゆるむと、また演奏が始まった。
一般にロマは住む土地の、
民族音楽を演奏するものらしい。
マケドニアではオロス、
セルビアではコロというように。
その夜のかれらは、自分の住みかで、
自分の手で修理した楽器で、
自分たちの音楽を演奏してくれた。
街に住む仲間がとうに忘れてしまった、
古い哀歌。
赤い雄鳥と鴨を盗み
赤い巻き毛のユダヤ人が
こっそり鴨を盗み出した。
おまえは足の羽ををむしった
母親にそいつを食べさせるために
赤みのある桃色の心臓よりも柔らかいから
なあ、ヤノーシュ!なあおい…
影に隠れていた古い世界が姿を見せはじめる。」
その古い小さな世界の中に、
ヤノーシュやラビや、
別の男と逃げた新婦や、
ぼろをまとったロマが、
次々と現れる。
これは私が昔話や絵本で親しんできた世界。
脈絡があってもなくても誰も気にしない。
ヤノーシュと言えばおばけりんごだし。
何故かこの場面は、
そこに居るような臨場感だった。
彼らはその夜録音したテープを持って、
翌日再びでかけていく。
今度は本当の住処に案内される。
(前日は近くのお店)
全ての住民が出てきて、
機械を通して出てくる自分たちの音楽に、
耳を傾ける。
素晴らしいコンサートであった。
川のそばまで見送ってくれた、
バイオリン弾きの頭領と尖った顔の男は、
また来てくれといった。
二人とも耳にダリアの花をさして。