松井なつ代のやま

ステンシルのイラストや本の紹介、麹の話、そのたいろいろ。

ヴェルナーのことも一つ

自然科学系の本などは、

2度目に読むまでに、
こちらの知識が増えていたりすると、
前よりずっと理解しやすくなる。
今回のような小説ではどうか。
私の読解力が短期間で変わる事はないのだが、
気になる部分が前とは少し変わるようだ。

ヴェルナーの苦悩の全体像がわかってくる。
妹のユッタはすごい子なのだ。
ドイツが怒涛のように、
ファシズムに流れていく中、
2人はラジオでフランスの放送も聞く。
孤児院のヘレナ先生は、
修道女だが子どもの世話専従である。
忙しいギリギリの日常の中でも、
精一杯子どもたちを愛してくれる、
素晴らしいひとである。
この人は母語がフランス語なので、
子どもたちも少しフランス語がわかる。
「兄さんみんながやるからって、
正しい事とはかぎらないよ。
ドイツは今パリを爆撃している。」
ユッタは一貫して冷静に世の中を見ている。
戦場でヴェルナーは幾度も、
ユッタのことを思い出す。
「ユッタは誠実で頑固で、
真実を見通す力がある。」
彼は小さい頃からユッタを守ろうと、
頑張って来たが、
自分の方が守られて来たのかも知れないと、
気がつく。
もう1人学校で唯一友達になった少年。
この子は鳥博士である。
さえずりを聞きわけることができ、
あんな小さな体でずっと遠くまで、
渡っていくのだと教えてくれる。
この彼は捕虜のポーランド人に、
バケツの水をかけさせる校長に、
ただ1人抗議して水を地面にこぼす。
校長に憎まれ、弱虫のお墨付きが出て、
生徒達の壮絶ないじめを受ける。
最後には救急車で搬送され、
死ぬことだけはまぬがれたが、
心も身体も元には戻らなかった。
ヴェルナーは彼を必死にサポートするが、
表立って抗議することができない。
広く世の中を見て真実を掴もうとする事も、
生き物の命のありように感動する事も、
人の素晴らしい能力だが、
ナチスドイツの求めるものと一致するのは、
ヴェルナーの数学の才能だけなのだ。
そして彼には子どもの頃からの夢、
野心があり、
このチャンスを手放したくない。
これは、今も同じことだ。
国家の求めるものと自分の野心が、
一致した時、人は体制に迎合してしまう。
ヴェルナーのように悩み苦しむ事もなく。