松井なつ代のやま

ステンシルのイラストや本の紹介、麹の話、そのたいろいろ。

「わたしは英国王に給仕した」

チェコの小説を読んだのは初めてなのかどうかも、
よくわからないが、
「わたしは英国王に給仕した」を読み終えた。
もともとロシアには興味があったし、
近所にルーマニアの人が越してきて、
知り合いになったりで、
スラブ系、東欧に興味が湧いた。
その後ポーランドの小説を読んだので、
パンデミック用の本として、
チェコの小説を一冊選んだわけである。
想像以上に面白く完全に満足した。

貧しい生まれのホテルの給仕人見習いの、
百万長者を目指し、成し遂げ、
それを通り過ぎる一生の話である。
文章のテンポはよく荒唐無稽なホラばなし的な要素もあるが、
ドイツ人の女性と恋に落ち、
ナチスドイツの話が出てきてからは妙な具合になる。
ホラ話ではなく、事実ではないかと思えてくる。
ちょうど今の日本で、
虚構新聞に現実が追いついたような感じ。
ナチスドイツの実際がどうであったか、
わたしには判断できないが、
チェコ人である彼にドイツ的な名前のじいさんがいたことで、
そういう系図を作り、
ドイツ人女性の高潔な血にふさわしい男性であるか、
ゲルマンの立派な子どもを作れるかの、
性的能力のテストが行われたりする。
結婚や出産に政治的な介入をするのは、
ナチにはありそうなことで、
大人のファンタジーのようでありながら、
ブラックな実話のような気がしてくる。
このように背景にチェコナチス支配下になったり、
共産主義革命が起きたりの社会の変遷も、
反映されており、差別や帰属意識の問題など興味深い。
ものすごく荒唐無稽なエピソードを散りばめながら、
彼の歩みの最終段階は哲学的でさえある。
またこのタイトルだが、
英国王の給仕をしたのは、彼の先輩である別人である。
彼自身はエチオピア王の給仕をした。
こう言う風にわざと外す感じが、
いやーなかなかじゃないかと唸る。

池澤夏樹編集の世界文学全集の中の一冊
フラバル著 河出書房新社