松井なつ代のやま

ステンシルのイラストや本の紹介、麹の話、そのたいろいろ。

九州の旅2

7時10分羽田発の飛行機で熊本空港へ、
そこからリムジンバスで熊本駅に行き、
水俣に向かいました。
熊本の水道水は美味しいのではないかと思い、
しっかりと駅のトイレの洗面所で、
持参の水筒に水を汲みましたが、
半分は気のせいかもしれんが、
これが美味しい!笑

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最初の水俣病の患者が出たのは、
昭和28年、私の生まれた年でした。
小学生か中学生の団体が、
2グループくらい見にきていましたが、
一般の来館者はほとんどがなく、
係のお兄さんがいろいろ解説してくれました。
ゆっくり見て、本を2冊買いました。
「ふたり 皇后美智子と石牟礼道子
高山文彦の本で、私はこの人は割に好きなのですが、
ちょっと読んだら、
彼は何度も石牟礼さんに会いに行っており、
石牟礼さんも自分の甥っ子のように親密に、
お付き合いしておられたらしい。
以前紹介した「生き抜けその日のために」
の著者です。

帰りのバスがすごくちょびっとしかないので、
バスを待つ間に海を眺めていました。
展示で杢太郞のモデルの少年の写真なども見た後で、
じい様が杢太郞を膝に乗せて歌うように語る言葉が、
聞こえてくるようでした。
ここは苦海浄土の中の決壊ポイントの一つです。
目の前は御所浦。

 爺さまは、広げた胡座(あぐら)の中に彼を入れ、彼をゆすった。
 ゆこうかい、のう杢よい。
 御所の浦までや
 樋(ひ)の島までや
 ん、
 爺さまが島までや
 ん、ん
 婆さまが島までや
 ん、ゆこうかい、ん、
 エンジンばかけて
 ゆこうかい
 漕いでゆこうかい
 帆かけてゆこうかい
 うん、杢
 帆かけてや、うん、
 こんやは、十三夜じゃけん
 帆かけて ゆくか

とにかく資料館に先に行きたかったので、
お昼ご飯を食べてなくて、腹が減った。
新水俣駅は何もないと聞いたので、
水俣駅の方に出たのですが、
時間が遅いせいもあって見事にどこも食べるところがない。
仕方なく菓子パンを買って駅で食べました。
結構美味しかったけど。

陸路でぐるっと長崎に行ったのですが、
新幹線から在来線に乗り換えます。
乗り換えと聞いただけでちょっと緊張しちゃうのですが、
ま、割に簡単でした。
ただ乗り換え駅の鳥栖と言うところが、
その一つ前の久留米からたったの5分なの。
新幹線が5分おきに止まるということが、
私には信じられなくて、
微妙に不安になりましたが、
ま、こういう新幹線も実在したのでした。
長崎でまた食べる場所探しも面倒だったので、
駅ビルでお弁当でも買おうと見たら、
実に大村の殿の大村寿司というのがあって、
おばちゃんの押しもいい感じだったので、
これに決めた。
大村は今回行けないのでせめて、
お寿司で味わおうかと。
ホテルで食べましたが、これがまた実に美味しい。
あごの出汁か、かんぴょうや卵のお味が、
こちらのものとちょっと違って、
なんとも言えず良いお味にできていました。

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