松井なつ代のやま

ステンシルのイラストや本の紹介、麹の話、そのたいろいろ。

文書主義

先日姉のところから帰ってきた、
「世界の辺境とハードボイルド室町時代」を、
もう一度読んだ。
高野秀行と、若手の中世の歴史学者清水克行の、
対談集である。
この中で日本の識字率に関する話があった。
江戸時代に海外から日本に入った外国の人が、
車夫や茶屋の娘が本を読んでいると、
驚いて書き残している。
日本はたぶんその当時としては、
かなり識字率が高かったと言われている。
その理由として、
律令の昔から日本が文書主義をとってきたことと、
税制が関係していると言っていた。
現在のように個人に課税されるのではなく、
村ごとに税金、ここではお米などだが課せられた。
日本中の全ての地域で、村に少なくとも一人は、
読み書きのできるものがいなければ、
それらについての文書を残すことができなかった。

宮本さんは地方に行けば方言で村人の話にわからないこともあるが、
古文書はどこに行ってもちゃんと読めると言っていた。
共通の文語の体系は全国に行き渡っていたものだろう。
読める人が多ければ本もたくさん出版されることになる。
そうやって文化の裾野は広く厚くなっていったのだろう。

ヨーロッパなどでは、古くは学問は一部の人々のものであり、
本はラテン語で書かれることが多かった、
ラテン語を解する人だけが読者であった。
(日本では漢籍の立ち位置に似ているかもしれない。)
また、この文書主義のおかげで、
後世の学者は様々なことを知ることができる。
これこそが日本の伝統であった訳だが、
今や公文書は書き換えられ、廃棄され、
信じるにたらない紙くずになってしまった。

島原の乱一揆方は幼い子どもに至るまで、
全員が首をはねられてしまったから、
原城の内部であった事を書き残した者はいないが、
原城を攻めた諸藩には、戦争にあたって、
準備した備品の数々など、様々な文書が残っており、
それらを元に想像して、いろんな人が、
この出来事について小説を書くこともできるのである。
文書が紙くずになると同時に、
首相が率先して日本語を壊し、
今や国民の国語力も怪しい状態になってきた。
あらゆる分野で日本が今後浮上することは考えにくい。